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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)100号 判決 1992年6月30日

原告 渋谷食品株式会社

被告 株式会社東食

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五七年審判第二五七一号事件について平成二年二月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙表示の構成よりなり、第二九類(平成三年政令第二九九号による改正前のもの)「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」を指定商品とする登録第一三六四三〇七号商標(昭和四五年九月二四日商標登録出願、昭和五三年一二月二二日商標権設定登録、平成一年二月二七日商標権存続期間の更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和五七年二月一二日、商標法五〇条一項に基づいて、本件商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求し(審判請求の登録は同年三月二五日)、特許庁は、右請求を同年審判第二五七一号事件として審理した結果、平成二年二月八日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品及び登録日は前項記載のとおりであり、現に有効に存続しているものである。

2  請求人(原告)は、本件商標は商標法五〇条に該当するものである旨主張し、被請求人(被告)は、通常使用権者が指定商品について本件商標を使用している旨主張した。

3  よって按ずるに、被請求人が提出した乙第四号証(本訴における甲第五号証)の別添(1) 及び(4) 等によれば、本件商標権の通常使用権者で、スーパーマーケット業を営む訴外株式会社スーパートップ(以下「スーパートップ」という。)の営業に係る取扱商品が商標法上の商品であるか否かについて論ずるまでもなく、商標権通常使用権設定契約以後、本件商標の指定商品と認め得る「氷」を販売している事実を認めることができる。

してみれば、通常使用権者が本件審判請求の登録前三年以内に日本国内において、本件商標を指定商品について使用していないものとはいえず、結局、本件商標の商標登録は商標法第五〇条の規定により取り消すことはできない。

三  審決の取消事由

被告が、昭和五四年二月八日、スーパーマーケット業を営むスーパートップに対し本件商標権について通常使用権を許諾したことは認めるが、スーパートップが本件審判請求の登録前三年以内に指定商品について本件商標を使用したことの証明はないから、「通常使用権者が本件審判請求の登録前三年以内に日本国内において、本件商標を指定商品について使用していないものとはいえず、本件商標の商標登録は商標法第五〇条の規定により取り消すことはできない。」とした審決の認定判断は誤りであり、審決は違法として取り消されるべきである。

被告は、スーパートップは指定商品である「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」の包装に本件商標と定価を記載した値札を貼付して本件商標を表示することにより、指定商品について本件商標を使用してきた旨主張するが、以下述べるとおり、右主張は理由がないものというべきである。

まず、右各商品の包装に貼付されている値札に表示されている標章(マーク)は単にスーパートップの店舗名を表示したもの、つまりスーパートップの店舗の看板のマークを値札に印刷したにすぎないものである。このような店舗名の表示は、たまたま店舗の看板として本件商標を参考にしただけのものであって、特定の商品との具体的な関係は全くなく、出所表示機能、品質保証機能及び広告機能を有しないものであるから、商品選択の標識である商標でないことは明らかである。

被告は、値札に表示されている標章はいわゆる販売標である旨主張するが、販売標は、販売業者が自己の選択に基づき販売する商品であることを表示する商標であるから、商品を選択し、良質品を取り扱う商人の熟練度や知識判断に対する信用が商品を通じて商標に化体されたものでなければならない。しかし、スーパートップではすべての商品の値札に同一の標章が表示されていることからも明らかなように、値札に表示されている標章は右のような内容のものとはいえず、この点からいっても、右標章が販売標であるということはできない。

仮に、値札に表示されている標章が商標であるとしても、以下述べるとおり、その使用態様は商標法二条三項二号に規定する商標の使用には当たらない。

右条項が規定する商標の使用とは、商品又は商品の包装に附された標章が自他商品の識別機能を有するような態様で使用されることをいうが、スーパートップでは、店舗に陳列されているすべての商品の値札に定価と共に本件商標が表示されていて、特定の商品との具体的な関係は何もないのであるから、本件商標が商品識別ないし選択の目印となっているわけではないこと、顧客が商品の購入を決定するのは、まず商品現品に表示してあるメーカーの商標を見て購入したい商品を他の商品と識別し、特定してから、次に値札に表示してある値段を見た時であって、この点からいっても、本件商標は商品選択の目印になっていないことからすると、本件商標の使用態様は自他商品の識別機能を有する使用ということはできず、したがって、前記条項に規定する商標の使用には当たらない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  被告は、昭和四四年五月一七日に設立されたスーパートップに対し、設立直後の営業開始と同時に、商標登録出願前の本件商標の使用を許諾し、商標権設定登録後の昭和五四年二月八日に本件商標権について通常使用権を許諾した。

スーパートップは、右許諾を受けて以降継続して(したがって、本件審判請求の登録前の三年間においても)、次に述べる具体的な態様により、指定商品である「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」の包装(紙袋、ビニール袋、紙箱、瓶、缶等)の表面で見やすい部分に定価と本件商標を記載したラベル(値札)を貼付して本件商標を表示することにより、指定商品について本件商標を使用してきた(商標法二条三項二号)。

すなわち、昭和五七年一月に、「伊藤園玄米茶二〇〇g」入りの包装紙袋の表面、「AGFユーバンコーヒー一〇〇g」入りのガラス瓶の蓋の上面、「森永ミルクココア一五〇g」入りの箱横表面、清涼飲料である「三ツ矢サイダー五〇〇cc」入りの缶の上部開口部、果実飲料である「協同果汁一リットル」入りの紙箱の表面、氷である「マルカワ クリーンアイス」入りのビニール袋の表面にそれぞれ前記ラベルを貼付して、右各商品を販売し、また販売のために展示した。

2  スーパートップは、食料品等の小売業を営むスーパーマーケットであって、消費者のニーズに応ずるため、独自の立場からより良い商品を仕入れ、その責任において消費者に商品を販売しているが、そのようにすることによって消費者もスーパートップを信頼し、同社の各店舗から商品を購入するのである。同社は、そのために指定商品の包装に本件商標を表示した値札を貼付しているのであって、本件商標を販売標として使用しているものである。そして、良質商品を提供するノウハウや高度の市場情報を含めて開業以来の営業実績に基づく信用が販売標として本件商標に化体され、顧客を吸収しているのである。前記各商品には製造者の製造標が附されているが、そのことによって販売標として本件商標を表示することの比重が軽く評価されるということはなく、本件商標は製造標と併存して販売標としての機能を充分に果たしているのである。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、審決の取消事由の存否について検討する。

1  成立に争いのない甲第五号証、第一五号証、乙第五号証、第三五号証、第三七号証、第四五号証、証人平島章三の証言と同証言により真正に成立したものと認められる乙第一七号証ないし第二〇号証、第五〇号証ないし第五二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二六号証並びにスーパートップが本件審判請求の登録の三年以前から使用している値札であることについて争いのない検乙第一号証を総合すると、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告は、スーパーマーケット業を営むことを目的として昭和四四年五月一七日に設立されたスーパートップに対し、設立直後の営業開始と同時に、商標登録出願前の本件商標の使用を許諾した。その後、被告は、商標権設定登録後の昭和五四年二月八日、本件商標権について通常使用権を許諾した(ただし、スーパートップがスーパーマーケット業を営む会社であること及び後段の事実は当事者間に争いがない。)。

(二)  本件審判請求の登録時におけるスーパートップのスーパーマーケット・チェーン店は一〇店舗であり、食料品を主な販売商品としていたが、各店舗は、その営業開始以降継続して、スーパートップが選択のうえ販売する商品であることを示すとともに、販売商品の品質等について同社が販売業者として責任を持つという趣旨で、貼付することが困難な肉類、魚類、野菜類等を除く殆どの販売商品の包装(紙袋、ビニール袋、紙箱、瓶、缶等)の表面で見やすい箇所に、左側部分に本件商標を印刷し、右側部分に商品の定価を記載した長さ約二・二センチメートル、幅約一・二センチメートルのラベル(値札)を貼付してきた。

(三)  スーパートップの松原告(東京都世田谷区松原五丁目七番一一号所在)は、本件審判請求の登録前である昭和五七年一月に、いずれも本件商標の指定商品である「伊藤園玄米茶二〇〇g」入りの包装紙袋の表面、「AGFユーバンコーヒー一〇〇g」入りのガラス瓶の蓋の上面、「森永ミルクココア一五〇g」入りの箱の上部表面、清涼飲料である「三ツ矢サイダー五〇〇cc」入りの缶の上面、果実飲料(オレンジジュース)である「協同果汁一リットル」入りの紙箱の表面、氷である「マルカワ クリーンアイス」入りのビニール袋の表面に本件商標と定価が記載されている前記値札をそれぞれ貼付して、右各商品を販売し、また、販売のために展示した。

以上認定の事実によれば、本件商標の通常使用権者であるスーパートップは、本件審判請求の登録前三年以内に、日本国内において、指定商品について本件商標の使用をしたものと認めるのが相当である(商標法二条三項二号)。

2  原告は、前記値札に表示されている標章は単にスーパートップの店舗名を表示したもの、つまりスーパートップの店舗の看板のマークを値札に印刷したものにすぎず、この店舗名の表示は本件商標を参考にしただけのものであって特定の商品との具体的な関係は全くないから、商品選択の標識である商標ではない旨主張する。

しかし、前記値札に表示されている標章は本件商標そのものであって、スーパートップの店舗名を表示したもの、あるいはスーパートップの店舗の看板のマークを値札に印刷したものではないから、原告の主張は、その前提において誤っており理由がない。

なお、原告は、値札に表示されている標章はいわゆる販売標である旨の被告の主張を否認しているが、値札に表示されている本件商標は、小売業者であるスーパートップが自己の選択に基づいて販売する商品であることを示す商標、すなわち販売標であることは前記1に認定したところから明らかである。

次に、原告は、スーパートップではすべての商品の値札に本件商標が表示されていて特定の商品との具体的な関係がないことや顧客はメーカーの商標と値段を見て商品の購入を決定するものであることからしても本件商標は商品識別ないし選択の目印となっていないとして、本件商標は自他商品の識別機能を有するような態様で使用されているとはいえず、商標法二条三項二号に規定する商標の使用には当たらない旨主張する。

しかし、前記1に認定したように、スーパートップにおいては、販売商品の包装に本件商標を表示した値札を貼付する方法で本件商標を使用しており、それによって、当該商品はスーパートップが選択のうえ販売する商品であり、かつ、その品質は製造業者だけでなくスーパートップによっても保証されているものであることが示されているということができるから、本件商標は自他商品の識別機能を果たす態様において使用されているものと認めるのが相当である。

かように、右のような使用方法により本件商標に自他商品識別機能が認められる以上、原告主張のように、スーパートップにおいては、本件商標を表示した値札が一部商品を除く殆どの販売商品の包装に貼付されているとしても、そのことは、指定商品について、本件商標が有する自他商品の識別機能を否定すべき理由にはならないものというべきである。

したがって、原告の右主張も理由がない。

3  以上のとおりであって、「通常使用権者が本件審判請求の登録前三年以内に日本国内において、本件商標を指定商品について使用していないものとはいえず、本件商標の商標登録は商標法第五〇条の規定により取り消すことはできない。」とした審決の認定判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 濱崎浩一 田中信義)

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